私の世界に色がついたのは、本当につい数年前だ。
それまでの33年間は視界がぼんやりして、全てのモノが遠くに感じた。
母親の冷たい声も、一緒に笑い合う友人の声も、自分の心さえも。
物心ついた時にはレズビアンだった。
初恋は中学一年生。
初めて勇気を振り絞って女の子に告白したのが中学二年生。
周囲にそのことを言いふらされて、もう二度と告白なんて出来ないと思った。
何もない毎日が過ぎて、私は大人になった。
私がレズビアンだということがバレたら、きっと好奇の目で見られるか、いじめの対象になるか…自分にとってマイナスにしかならないと思って他人と距離をとるようになった。
メディアが伝えるLGBTの情報は、私にとって恐ろしいものだった。
ガンガンうるさい音楽が流れるクラブ。
奇抜な化粧と衣装で踊る人たち。
人見知りで典型的な“陰キャ”の私が行けるはずもない場所。
『〇〇さんと〇〇さんの同性婚、破局!』
「ほらみろ、同性愛に結婚なんて無理なんだw」
そう言っているような悪意としか思えない報道。
「同性愛に生産性は無い」堂々とドヤ顔で語る国会議員。
恐かった。
恐ろしかった。
私を傷つけて平気な顔をしている人たち。
新宿二丁目にも怖くて行けなかった。
29歳で生まれて初めて私は自分以外のセクシャルマイノリティーの女の子に出会った。
名前は春子。春に出会ったから、春子。
彼女はバイセクシャルだと言っていた。
広いだけのこの世界に、唯一出会ったセクシュアルマイノリティの春子。
春子以外に私を愛してくれる人はいないんじゃないかと思った。
色々あった。
“色々”をいつか語るかもしれないし、語らないままに私はこの世を去るかもしれない。
数年後、春子は私の元を去った。中学二年生以来の告白もしたが、無駄に終わった。
死のうと思った。
自分を取り巻く世界が、ただひたすら怖かった。
玄関から一歩出た世界には、私の居場所はない。
“普通の人”の仮面をかぶり続けてる生活は息苦しくて窒息しそうだった。
そして何よりも。
春子の心の中にも、最初から私の居場所なんてなかった。
愛に飢えていた33歳の私を死に向かわせるのは簡単だった。
ホームセンターで長めのロープを2本買った。
春子と最初に行った夜景の綺麗な山。そこにしようと思った。
けれど。
私の耳に悪魔の囁きが聞こえた。
「なあ、最後にイイ思いしてもいいじゃんw」
“ソレ”の存在は知っていた。
永田カビさんの漫画『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』
こっそり本屋で立ち読みしてドキドキしてた。
「最後くらい…」
パソコンのキーボードを叩く私の手が動いた。
数日後。
私はレズ風俗のお姉さんに抱きついて大泣きしていた。
私は泣かない子どもだった。人前で、しかも数分前に出会ったばかりの人の前でしゃっくりをあげて泣くなんて自分でもびっくりだった。
「頑張ったね」
このままじゃ、ダメだ。
もうちょっと生きてみよう。
その後、
レズ風俗のお姉さんから勧められたビアンバーの扉を叩いた。
吐きそうになる位、緊張した。
半年後にはご縁があり、そのビアンバーで占いのイベントを開催するようになった。
好きな人が出来た。ダメだったけど。
『レズ風俗レポ』を書いてTwitterに投下した。
数日、通知が鳴り止まなかった。
文章を書く仕事をしたいと思うようになった。
情報が偏っている。そう思った。
「カミングアウトしなきゃいけないのかな…」
「クローゼットから出たくない。ひっそりと生きていきたいだけなの」
「一人身だから、何かあった時が不安」
「孤独死が怖い」
「今の彼女と人生の最後まで一緒にいたい」
その人の生き方ごとに、思いがある。
それなのに、その人が求める情報が行き届かない。
派手で、キラキラしているモノしかメディアに出ていかない。
キラキラしているものは、決して温かくない。
孤独にひっそりと息をしているビアンさんたちに、
昔の私に、
少しでも心に焔が灯せますように。